リク企画のSSですが、長くなっちゃったのでこっちの記事に……。
・【A祭】A祭のキャラで休日はどんな事やっているのかを見たいです!特に仁くんお願いします!
・【A祭】仁くんの自室での様子を覗き見させていただけませんでしょうか…!
このふたつを組み合わせています。
梅雨が明け、初夏。昨晩の雨は夜明けごろにあがり、どことなく水気を含んだ空気と陽光が交わる、そんな日曜日の朝。
遠い蝉の声を聞きながら、仁は自室のベッドに腰掛けていた。
家の奥にあるため、あまり日当たりは良くないが、家人の声も遠い静かな部屋。今は電気をつけておらず、窓からかろうじて差し込んでくる日差しがうっすらと室内を照らしている。
心地の良い薄暗さのなか、仁が考えるのは、本日の予定のこと。
課題:どうやって暇をつぶすか。
今日から明日にかけてはアルバイトやその他の予定はない。ホラー動画は昨晩に延々見たためさすがに気分を変えたい。ホラー以外に趣味はないため、他にやることが思いつかない。
定期的に仁が陥る、“退屈すぎて死にそう症候群”だった。
部屋の中には、暇つぶしに使えそうなものはない。そもそもベッドや机といった最低限の家具と少しのホラー関連物以外はなにもない部屋だった。
以前に携帯ゲーム機を買ったことはあったが、すぐに飽きてしまった上に、自分の持ち物が増えたという事実がどうしようもなく煩わしく感じてすぐに売り払ってしまった。他にも暇つぶし目的でなにかを買っては嫌気がさして売ることを何度か繰り返し、そうして自覚したのが、仁はこの部屋をあまり“自分の部屋”にしたくないということ。
自身の痕跡、気配、匂い、記憶。そういったものを残したくない。できるならこの部屋に住まうことすらせず、どこかの宿を転々として過ごせたら気が晴れるだろう。どうしてそう思うのか考えたことがあったか、結論としては、この場所に骨を埋めるつもりがないからだ、という至極分かりやすい理由だった。
いつか、どこかへ行く。そのためには、痕跡は少ない方がいい。
「……とはいえ、それで暇すぎて死にそうになってたら世話ないんだよなあ……」
思考は一巡し、なにも進展しないまま頭を悩ませる。未練がましく部屋を見回すと、ふととある一角が目についた。
なにもない部屋の中で、そこだけは様相がずいぶんと異なっていた。隅に追いやられるように、美しい包装紙に包まれた“贈り物”が山と積まれているのだ。仁のアルバイトは、人から高級なものをよく貰うことがあった。
決めた。今日はこれを売りに行こう。
これらの贈り物を笑顔で受け取るところまでが仁の仕事で、それ以降はどう扱おうが自由である。なんなら「売るよ」と公言しているので、贈る側も承知の上だ。今までもある程度貯め込んでは、定期的に売り払っていた。
予定が出来たことで少し晴れやかな気持ちになりつつ、鞄に贈り物を放りこんでいく。家の外へ出れば、爽やかな日が空から照らした。
***
とはいえ、それで丸一日潰せるわけはなく。査定の間は町を適当にふらつき、終わった頃に店へ戻って現金を受け取る。そこでちょうど正午だったのでファーストフード店で昼食を取り――やることをなくして今に至る。
ファーストフード店の前で立ち呆けて、十分ほど。日が高くなってきたためにじりじりと肌が焼ける心地がして、汗が滲む。この太陽がこれから地平に沈むまでの長い時間、どうやって暇つぶししようかと思うと気が遠くなってしまった。
カチリ、と小さな音が耳に届く。興味を引かれなかったので無視して、今後の暇つぶしについて考えを巡らせる。まとまらないまま、ああでもないこうでもないと悩むうち、カチリカチリとその音は回数を重ねた。結構な頻度だ。
さすがに注意を引かれて視線を向けると、派手なツンツンの金髪が目に入った。その持ち主である同い年くらいの少年が、交差点が一望できる位置に陣取って、射殺しそうな目で通行人を見つめている。その手にはカウンターがあり、人が通るたびにカチリカチリと鳴っている。要は交通量調査のアルバイトだった。
彼はしばらく単調なそれを続けていたものの、突然嫌気がさしたのか、二十回ほど連打してから手を休めた。その間も通行人のことは見つめていて、連打分の人数に追いついたらまた連打して休み、いくらかして人数が追いついたら連打して休み、を繰り返す。それいいのか? と仁は疑問に思うも、わざわざ声をかけることなどしない。
そのうち少年は、通りすがりの中年男性に図書館の位置を尋ねられた。彼は図書館など利用しそうにない風貌だったものの、所在地は知っていたらしい。その腕は存外力強く持ちあがり、真っすぐに目的地を指し示した。
その姿があまりにも自信満々だったので。仁はあっさり(あ、図書館行こう)と心に決めることが出来た。
確かに図書館は、今までも暇を持て余したときによく訪れた場所だった。特に今日という暑い日には正解で、入口をくぐった瞬間に冷気が吹きつけて気分を冴えさせる。知らない間に頭がゆだっていたようだ。
涼しく静かな場所で、閉館までならいくらでも過ごしていいとは、なるほど素晴らしい場所だ。漫画喫茶もありだったかと思いつつ、市民としての恩恵を享受して過ごした。
閉館までの間に読み終えたのは、流行りのミステリ小説をいくつか。どれもそれなりに面白く、時間を消化するには十分だった。仁は物語に熱中することがあまりないが、退屈しなければ上々だ。
閉館のチャイムに顔を上げてガラス戸の外を見れば、太陽はずいぶん傾いて、影が長く伸びている。本は借りずに返却して、図書館を出れば生ぬるい風が頬を撫でた。
そのとき――ガシャン、と大きな音が間近から響く。驚いて振り返れば、一人の少年が自転車ごと地面に倒れ込んでいる光景が目に入った。
どうやら自転車の前かごに本を詰めすぎて、重みに耐えきれず転倒したらしい。本をぶちまけ、眼鏡を落とし、慌ただしく地面を這いずっている。
呆気にとられて見ているうちに、彼は恥ずかしそうに顔を赤くして、眼鏡をひったくり、本を詰め込んで自転車を漕ぎだして行った。今度こそ倒れずに行けたようだが、あのふらついた様子では、家に帰りつくまでにもう一回くらいは転ぶだろう。
と、彼の背中を見送ってから、ふと植え込みの陰に視線をやると、本が一冊転がっていた。ああ、とため息をつく。眼鏡の彼が落したことに気付かないまま、放置されてしまったのだろう。
このまま置き去りにするには忍びなく、けれどいまさら彼を追いかけるのは不可能で。となれば、返却ポストへ突っ込んでおくのが最善の行動だろう。
拾い上げて砂を払う。すると表紙の冴えた青が目を引いた。
爽やかで瑞々しい青に、白で書かれたタイトル。表紙から得られる情報量は大してないのに、どうにも“好きそう”な気がして、気にかかる。
けれどそのまま持ち去るわけにはいかないと、後ろ髪の引かれる思いでポストへ投函した。
***
こうして日暮れまで時間を潰せれば、今日はおおむね消化できたと考えていいだろう。
あとは散々遠回りしてから家に帰ろうと、近くの神社へ足を延ばす。そこはこの時間だと人通りがほとんどなく、どこか涼しげで、気に入りの場所だった。
辿りつかないうちから、近づくにつれてひぐらしの声が聞こえてくる。いくつもの声が重なりあい、降り注ぐ、そのさまはいっそ静寂に近かった。
神社は少し高いところにあるから、長い石段を登っていかなければならない。急ぐわけでもないのでゆっくり行こうと、視線を石段になぞらせるようにあげていく。
そして、その天辺。
石段の上に、誰かが立っていた。
背を向けた彼は、中学生ほどの背丈の少年。夕日を浴びて逆光になり、まるで赤い空に黒い影が浮かんでいるかのよう。
さざめくひぐらしの声も相まって、それはどこか非日常的な、この世のものとは思えない光景になっていた。
――彼を、知っている。
「……新?」
恐る恐る呼びかける。小さな声でも聞こえたらしく、振り返った顔は、確かに見知ったものだった。実はまるで別人だったとか、あるいは人ですらなかったとか、そんな可能性が脳裏をかすめただけにほっとする。それほど、この場の雰囲気は“よく出来て”いた。
「なにやってんだそんなとこで」
昇りながらそう言えば、新は眉をわずかに八の字にして、困ったように返す。
「いや……登り切ったら疲れてしまった」
だからぼうっと立ち竦んでいた、という説明に仁は思わず笑いを漏らす。近所のスーパーへお遣いでもしてきた帰りなのか、彼が担ぎ直した大きなトートバッグからはネギが生えていた。尋常ならざる風景の中心にいたくせに、やけに俗っぽい真実に、安堵と笑いが抑えられない。
「こんなとこで仁王立ちしてるから、どうしたのかと思ったよ」
「ああ……邪魔だったか。人がいなかったから、つい」
「いや、いいけどさ。これから家に帰るとこ?」
「ああ。神社を突っ切っていくと早いんだ」
言いながら新は、手に持った清涼飲料水のペットボトルを呷る。涼しげな容貌のわりに、肌にはしっとりと汗が滲んでいて、やはりこの世のものなのだと実感する。
しばらく喉を鳴らして水分補給をした新は、ペットボトルにくっついていたおまけのマスコットを煩わしそうにもぎ取った。飲み口のところに引っ掛かっているから邪魔だったのだろう。それを、そのまま流れるように仁に差し出す。
「これ、君にあげよう」
「もらってどうすんだよ」
「部屋に飾る」
「いらないものを押しつけようとしないでくださーい」
「君に似合うと思う」
「死ぬほど感情のこもってない言葉吐いたなお前」
しばらく二者間で不用品の押し付け合いを繰り返す。結局仁が折れて、押しつけられたそれをため息とともに受け入れた。
新は無表情ながらどこか満足げな雰囲気を漂わせて、「それじゃ、また明後日」とバッグを抱え直す。「え、」と仁は無意識に、引き留めるように片手を彷徨わせた。
「もう帰んの?」
「肉や冷凍のものも買っているから、早く帰らないと」
「あー、うん。それはそうだな」
そう言われてしまえば、引き留めるなど出来るはずはなく。初夏の夕暮れとはいえ暑い気温の中、家路につく新を見送った。
あとに残された仁に、ひぐらしの合唱が降り注ぐ。
押しつけられたマスコットが、ペットボトルにくっついていたためか、少しだけひんやりとする。あらためてそれを見つめて、得も言われぬ恐怖に駆られた。
物はいらない。必要ない。
それなのに。
売るのはもちろん捨てることすらできない予感に怯えながら、大事に握りしめるしか出来なかった。
了
・【A祭】A祭のキャラで休日はどんな事やっているのかを見たいです!特に仁くんお願いします!
・【A祭】仁くんの自室での様子を覗き見させていただけませんでしょうか…!
このふたつを組み合わせています。
梅雨が明け、初夏。昨晩の雨は夜明けごろにあがり、どことなく水気を含んだ空気と陽光が交わる、そんな日曜日の朝。
遠い蝉の声を聞きながら、仁は自室のベッドに腰掛けていた。
家の奥にあるため、あまり日当たりは良くないが、家人の声も遠い静かな部屋。今は電気をつけておらず、窓からかろうじて差し込んでくる日差しがうっすらと室内を照らしている。
心地の良い薄暗さのなか、仁が考えるのは、本日の予定のこと。
課題:どうやって暇をつぶすか。
今日から明日にかけてはアルバイトやその他の予定はない。ホラー動画は昨晩に延々見たためさすがに気分を変えたい。ホラー以外に趣味はないため、他にやることが思いつかない。
定期的に仁が陥る、“退屈すぎて死にそう症候群”だった。
部屋の中には、暇つぶしに使えそうなものはない。そもそもベッドや机といった最低限の家具と少しのホラー関連物以外はなにもない部屋だった。
以前に携帯ゲーム機を買ったことはあったが、すぐに飽きてしまった上に、自分の持ち物が増えたという事実がどうしようもなく煩わしく感じてすぐに売り払ってしまった。他にも暇つぶし目的でなにかを買っては嫌気がさして売ることを何度か繰り返し、そうして自覚したのが、仁はこの部屋をあまり“自分の部屋”にしたくないということ。
自身の痕跡、気配、匂い、記憶。そういったものを残したくない。できるならこの部屋に住まうことすらせず、どこかの宿を転々として過ごせたら気が晴れるだろう。どうしてそう思うのか考えたことがあったか、結論としては、この場所に骨を埋めるつもりがないからだ、という至極分かりやすい理由だった。
いつか、どこかへ行く。そのためには、痕跡は少ない方がいい。
「……とはいえ、それで暇すぎて死にそうになってたら世話ないんだよなあ……」
思考は一巡し、なにも進展しないまま頭を悩ませる。未練がましく部屋を見回すと、ふととある一角が目についた。
なにもない部屋の中で、そこだけは様相がずいぶんと異なっていた。隅に追いやられるように、美しい包装紙に包まれた“贈り物”が山と積まれているのだ。仁のアルバイトは、人から高級なものをよく貰うことがあった。
決めた。今日はこれを売りに行こう。
これらの贈り物を笑顔で受け取るところまでが仁の仕事で、それ以降はどう扱おうが自由である。なんなら「売るよ」と公言しているので、贈る側も承知の上だ。今までもある程度貯め込んでは、定期的に売り払っていた。
予定が出来たことで少し晴れやかな気持ちになりつつ、鞄に贈り物を放りこんでいく。家の外へ出れば、爽やかな日が空から照らした。
***
とはいえ、それで丸一日潰せるわけはなく。査定の間は町を適当にふらつき、終わった頃に店へ戻って現金を受け取る。そこでちょうど正午だったのでファーストフード店で昼食を取り――やることをなくして今に至る。
ファーストフード店の前で立ち呆けて、十分ほど。日が高くなってきたためにじりじりと肌が焼ける心地がして、汗が滲む。この太陽がこれから地平に沈むまでの長い時間、どうやって暇つぶししようかと思うと気が遠くなってしまった。
カチリ、と小さな音が耳に届く。興味を引かれなかったので無視して、今後の暇つぶしについて考えを巡らせる。まとまらないまま、ああでもないこうでもないと悩むうち、カチリカチリとその音は回数を重ねた。結構な頻度だ。
さすがに注意を引かれて視線を向けると、派手なツンツンの金髪が目に入った。その持ち主である同い年くらいの少年が、交差点が一望できる位置に陣取って、射殺しそうな目で通行人を見つめている。その手にはカウンターがあり、人が通るたびにカチリカチリと鳴っている。要は交通量調査のアルバイトだった。
彼はしばらく単調なそれを続けていたものの、突然嫌気がさしたのか、二十回ほど連打してから手を休めた。その間も通行人のことは見つめていて、連打分の人数に追いついたらまた連打して休み、いくらかして人数が追いついたら連打して休み、を繰り返す。それいいのか? と仁は疑問に思うも、わざわざ声をかけることなどしない。
そのうち少年は、通りすがりの中年男性に図書館の位置を尋ねられた。彼は図書館など利用しそうにない風貌だったものの、所在地は知っていたらしい。その腕は存外力強く持ちあがり、真っすぐに目的地を指し示した。
その姿があまりにも自信満々だったので。仁はあっさり(あ、図書館行こう)と心に決めることが出来た。
確かに図書館は、今までも暇を持て余したときによく訪れた場所だった。特に今日という暑い日には正解で、入口をくぐった瞬間に冷気が吹きつけて気分を冴えさせる。知らない間に頭がゆだっていたようだ。
涼しく静かな場所で、閉館までならいくらでも過ごしていいとは、なるほど素晴らしい場所だ。漫画喫茶もありだったかと思いつつ、市民としての恩恵を享受して過ごした。
閉館までの間に読み終えたのは、流行りのミステリ小説をいくつか。どれもそれなりに面白く、時間を消化するには十分だった。仁は物語に熱中することがあまりないが、退屈しなければ上々だ。
閉館のチャイムに顔を上げてガラス戸の外を見れば、太陽はずいぶん傾いて、影が長く伸びている。本は借りずに返却して、図書館を出れば生ぬるい風が頬を撫でた。
そのとき――ガシャン、と大きな音が間近から響く。驚いて振り返れば、一人の少年が自転車ごと地面に倒れ込んでいる光景が目に入った。
どうやら自転車の前かごに本を詰めすぎて、重みに耐えきれず転倒したらしい。本をぶちまけ、眼鏡を落とし、慌ただしく地面を這いずっている。
呆気にとられて見ているうちに、彼は恥ずかしそうに顔を赤くして、眼鏡をひったくり、本を詰め込んで自転車を漕ぎだして行った。今度こそ倒れずに行けたようだが、あのふらついた様子では、家に帰りつくまでにもう一回くらいは転ぶだろう。
と、彼の背中を見送ってから、ふと植え込みの陰に視線をやると、本が一冊転がっていた。ああ、とため息をつく。眼鏡の彼が落したことに気付かないまま、放置されてしまったのだろう。
このまま置き去りにするには忍びなく、けれどいまさら彼を追いかけるのは不可能で。となれば、返却ポストへ突っ込んでおくのが最善の行動だろう。
拾い上げて砂を払う。すると表紙の冴えた青が目を引いた。
爽やかで瑞々しい青に、白で書かれたタイトル。表紙から得られる情報量は大してないのに、どうにも“好きそう”な気がして、気にかかる。
けれどそのまま持ち去るわけにはいかないと、後ろ髪の引かれる思いでポストへ投函した。
***
こうして日暮れまで時間を潰せれば、今日はおおむね消化できたと考えていいだろう。
あとは散々遠回りしてから家に帰ろうと、近くの神社へ足を延ばす。そこはこの時間だと人通りがほとんどなく、どこか涼しげで、気に入りの場所だった。
辿りつかないうちから、近づくにつれてひぐらしの声が聞こえてくる。いくつもの声が重なりあい、降り注ぐ、そのさまはいっそ静寂に近かった。
神社は少し高いところにあるから、長い石段を登っていかなければならない。急ぐわけでもないのでゆっくり行こうと、視線を石段になぞらせるようにあげていく。
そして、その天辺。
石段の上に、誰かが立っていた。
背を向けた彼は、中学生ほどの背丈の少年。夕日を浴びて逆光になり、まるで赤い空に黒い影が浮かんでいるかのよう。
さざめくひぐらしの声も相まって、それはどこか非日常的な、この世のものとは思えない光景になっていた。
――彼を、知っている。
「……新?」
恐る恐る呼びかける。小さな声でも聞こえたらしく、振り返った顔は、確かに見知ったものだった。実はまるで別人だったとか、あるいは人ですらなかったとか、そんな可能性が脳裏をかすめただけにほっとする。それほど、この場の雰囲気は“よく出来て”いた。
「なにやってんだそんなとこで」
昇りながらそう言えば、新は眉をわずかに八の字にして、困ったように返す。
「いや……登り切ったら疲れてしまった」
だからぼうっと立ち竦んでいた、という説明に仁は思わず笑いを漏らす。近所のスーパーへお遣いでもしてきた帰りなのか、彼が担ぎ直した大きなトートバッグからはネギが生えていた。尋常ならざる風景の中心にいたくせに、やけに俗っぽい真実に、安堵と笑いが抑えられない。
「こんなとこで仁王立ちしてるから、どうしたのかと思ったよ」
「ああ……邪魔だったか。人がいなかったから、つい」
「いや、いいけどさ。これから家に帰るとこ?」
「ああ。神社を突っ切っていくと早いんだ」
言いながら新は、手に持った清涼飲料水のペットボトルを呷る。涼しげな容貌のわりに、肌にはしっとりと汗が滲んでいて、やはりこの世のものなのだと実感する。
しばらく喉を鳴らして水分補給をした新は、ペットボトルにくっついていたおまけのマスコットを煩わしそうにもぎ取った。飲み口のところに引っ掛かっているから邪魔だったのだろう。それを、そのまま流れるように仁に差し出す。
「これ、君にあげよう」
「もらってどうすんだよ」
「部屋に飾る」
「いらないものを押しつけようとしないでくださーい」
「君に似合うと思う」
「死ぬほど感情のこもってない言葉吐いたなお前」
しばらく二者間で不用品の押し付け合いを繰り返す。結局仁が折れて、押しつけられたそれをため息とともに受け入れた。
新は無表情ながらどこか満足げな雰囲気を漂わせて、「それじゃ、また明後日」とバッグを抱え直す。「え、」と仁は無意識に、引き留めるように片手を彷徨わせた。
「もう帰んの?」
「肉や冷凍のものも買っているから、早く帰らないと」
「あー、うん。それはそうだな」
そう言われてしまえば、引き留めるなど出来るはずはなく。初夏の夕暮れとはいえ暑い気温の中、家路につく新を見送った。
あとに残された仁に、ひぐらしの合唱が降り注ぐ。
押しつけられたマスコットが、ペットボトルにくっついていたためか、少しだけひんやりとする。あらためてそれを見つめて、得も言われぬ恐怖に駆られた。
物はいらない。必要ない。
それなのに。
売るのはもちろん捨てることすらできない予感に怯えながら、大事に握りしめるしか出来なかった。
了