遼と逢坂と桜の代紋 著:AIのべりすと
お久しぶりです!
長い間ご挨拶もせずにすみません……! 進捗状況が相変わらずシナリオ書いてるところなので報告することがなく。
ただ、A祭遼ルートとナラ冠4話は今年中には書きあがりそうです。私の場合シナリオ作業がゲーム制作の8割くらい占めてるので、書きあがったらもうひといきだと思います。何か月も前から同じこと言ってる気がするけど……!
コメントでも心配してくださった方がいらっしゃって、本当にすみません! 元気です!
コメント返信はこの次の記事で行いますので、コメントくださった方々はご覧頂ければと思います。
じゃあこの記事はなにをするかっていうと。
ちょっと前に話題になった「AIのべりすと」ってご存じですか? 名前の通り、AIが小説を書いてくれるサービスです。
そこに、A祭誕生日SS企画で書いた「桜にけぶる(遼誕生日)」を4千字ほどぶっこんで、続きを書いてもらいました。
どんなふうになるのかな~って出来心です。自分で書くわけじゃないから時間取られないしね!
で、その出来上がったものがいろんな意味で面白かったので、掲載してみます。(熱出した日に見る悪夢みたいな展開で良い)
AIに書いてもらうための条件として、
①オリジナル文章の冒頭から4千字
②ジャンル指定→[ ジャンル:ホラー ]
③キャラクター設定↓
逢坂:[男性。高校二年生。逢坂:無口で大人しい。逢坂はお祭りが好き。逢坂の好物はりんご飴。逢坂は遼の先輩。逢坂の名前は新。]
遼:[男性。高校一年生。遼:乱暴者だが根は優しく繊細な性格。遼は煙草を吸うのが好き。遼は静かな場所が好き。遼は逢坂の後輩。遼の苗字は立花。]
を入力しています。
また、同じ文章が繰り返しになった場合と、知らないキャラが出張ってきた場合、BL展開になった場合は、文章を削除して書き直しさせました。それ以外はAIに好きに書かせており、口調すら改変していません。
(余談ですが、ジャンルでホラーを指定しないと、どのSSを入れても絶対にBL展開にされました。なんで)
ちなみにオリジナル文章→「桜にけぶる」
それではどうぞ。
遼と逢坂と桜の代紋 著:AIのべりすと
お久しぶりです!
長い間ご挨拶もせずにすみません……! 進捗状況が相変わらずシナリオ書いてるところなので報告することがなく。
ただ、A祭遼ルートとナラ冠4話は今年中には書きあがりそうです。私の場合シナリオ作業がゲーム制作の8割くらい占めてるので、書きあがったらもうひといきだと思います。何か月も前から同じこと言ってる気がするけど……!
コメントでも心配してくださった方がいらっしゃって、本当にすみません! 元気です!
コメント返信はこの次の記事で行いますので、コメントくださった方々はご覧頂ければと思います。
じゃあこの記事はなにをするかっていうと。
ちょっと前に話題になった「AIのべりすと」ってご存じですか? 名前の通り、AIが小説を書いてくれるサービスです。
そこに、A祭誕生日SS企画で書いた「桜にけぶる(遼誕生日)」を4千字ほどぶっこんで、続きを書いてもらいました。
どんなふうになるのかな~って出来心です。自分で書くわけじゃないから時間取られないしね!
で、その出来上がったものがいろんな意味で面白かったので、掲載してみます。(熱出した日に見る悪夢みたいな展開で良い)
AIに書いてもらうための条件として、
①オリジナル文章の冒頭から4千字
②ジャンル指定→[ ジャンル:ホラー ]
③キャラクター設定↓
逢坂:[男性。高校二年生。逢坂:無口で大人しい。逢坂はお祭りが好き。逢坂の好物はりんご飴。逢坂は遼の先輩。逢坂の名前は新。]
遼:[男性。高校一年生。遼:乱暴者だが根は優しく繊細な性格。遼は煙草を吸うのが好き。遼は静かな場所が好き。遼は逢坂の後輩。遼の苗字は立花。]
を入力しています。
また、同じ文章が繰り返しになった場合と、知らないキャラが出張ってきた場合、BL展開になった場合は、文章を削除して書き直しさせました。それ以外はAIに好きに書かせており、口調すら改変していません。
(余談ですが、ジャンルでホラーを指定しないと、どのSSを入れても絶対にBL展開にされました。なんで)
ちなみにオリジナル文章→「桜にけぶる」
それではどうぞ。
遼と逢坂と桜の代紋 著:AIのべりすと
※青字は私が書いたオリジナルの文章です
「誕生日おめでとう、遼」
声に振り返ると、ちょうど風が吹いたところで、声の主は花びらにまぎれてしまった。ざあざあと舞い散る薄桃色のむこうに目を凝らすが、姿を見つけられない。
どの学校にも桜は植わっているだろうが、この学校はよっぽど桜が好きなのか、どこもかしこも桜桜桜だった。四月を迎えるといっせいに咲き乱れ、潔く散っていく。桜吹雪も、桜の絨毯も、みな口をそろえて綺麗だと言うが、遼には煩わしいばかりだった。
髪に着いたらいちいち払いのけなければならないし、あくびをするとむせてしまう。視界も悪いことこの上なく、こうして話しかけられても、相手を隠されてしまうのだ。まったく厄介だった。
いつまでたっても桜吹雪は降りやまず、いいかげん痺れを切らして踵を返した。すると足音で気付いたのか、声の主はまた声を上げる。
「遼」
「あんだよ」
ぱっ、と桜吹雪が振り払われた。むりやり桜をくぐりぬけて、ようやく姿を現したのは、去年から親交のある遼の先輩。くぐりぬけたはいいが、吸いこんでしまったらしく、途端にむせかえった。
これはいっそ、傘でもあった方がよかったかもしれない。桜前線なんていうくらいだから、梅雨前線とか寒冷前線とかああいうものの仲間で、ようは空から降ってくるものに注意しろという意味だったのかも。
そんなことを真顔で考えている間に、先輩は落ち着きを取り戻し、ようやく背筋を伸ばして遼の前に立った。黒髪に桜をまぶした彼は、逢坂新と言う名前だった。
「逢坂先輩」
「ああ。今日、誕生日だったろう」
「なんで知ってんだ?」
「名簿か何かで見たような」
「あっそ」
「それと、委員会の提出物を出していないのは君だけだ」
早く出してくれ。という彼に顔をしかめる。そっちが本題だ。それを言うついでに、誕生日を祝ったのだ。別についでだから嫌なわけではないが、宿題などの提出を急がされるのは大嫌いだった。
「今度な」
「本当なら春休みの前に出すべきだった」
「春休みが早く来すぎた」
「じっくり休んだろう、そろそろ頼むぞ。それがないと終われない」
確かにもう昨年度の委員会は終わっているし、近々新しい委員会も始まる。だから彼も急かしているのだろう。遼の知ったことではないが。
じゃあ、と逢坂は手を振って、桜吹雪の中を歩いていく。遼も背を向けようとして、そして思いだした。
「あ」
そうだ。今日は財布を持ってくるのを忘れて、昼食抜きを覚悟していたのだ。そろそろ正午が近づいてきた今、腹が減りつつある。煙草で誤魔化そうと思ったが、育ち盛りには少しキツイ。
だからこれは好都合かもしれない。
「先輩、」彼が振り返るのを確認して、叫ぶ。「誕生日プレゼントくれよ」
もう大分離れてしまった彼は、大声を出すことはせず、聞こえないような声を返した。
「プレゼント?」
「おう」
「なにが欲しいんだ」
頭の中には様々なものが浮かんだが、最終的には腹具合が決定を下した。
「焼きそばパン。焼きそばパン買ってこい」
***
「なんでお前まで一緒に食ってんだよ」
昼休みの校舎裏は、二人の他に誰もいなかった。あまり人目につかない、日の差さない場所だというのに、ここにも律義に桜が植わっている。おかげで花びらを払いのけるのに一苦労だ。
二人は校舎に寄りかかるようにして並んで座っている。いつも遼はここに一人でいるから、隣に誰かがいるのが不服だった。
不機嫌そうにそう言うと、逢坂は少し目を丸くする。わずかだが、彼なりの驚きの表現なのだろう。
「なんで、って。パンを買ってこさせておいて、一人で食べるつもりだったのか」
「パシられといて一緒に食うつもりなのかよ」
「誕生日に一人で食べることもないだろう」
このあたりは価値観の違いだ。逢坂は一人なんてもっての他だと思っているし、遼は常に一人でありたい。だからこの状態は不満だが――、だからといって、この場を追い出すほど不快というわけでもなかった。
遼の手元には、焼きそばパンとカツサンド、それにコーヒー牛乳。注文より余分に買ってきたのは「足りないだろう」という逢坂の計らいである。その彼は桜あんぱんに桜餅に甘酒と、花見かなにかと勘違いしているラインナップだ。
桜に降られながら、黙々と食べていく。もとより二人ともあまり話す方ではない。なにかきっかけでもなければ、こうして静謐を守り、ゆるやかな時間を過ごして終わるだけだ。
そうした時間の過ごし方が好きだった。音もせず、熱もなく、動きもなく、ただ茫然とたたずむのが遼の幸福。隣に誰もいなければなお、いい。
そうして過ごすには、校舎裏は最適だ。
この学校は少しくぼんだ土地にある。だから外から下りてくるための坂以外、壁に囲まれたようになっているのだ。すると校舎裏は、校舎と木々と壁に囲まれているということで、まったく人目につかない。時折校庭から声が聞こえてくるのと、壁の上の一般道から車の音が聞こえてくる以外、静かなものだった。
上を見上げ、一般道と敷地を隔てるフェンスを眺める。あれをもっと高くしてくれたら余計に良かった。たまに不作法者がビールの缶とか丸めたティッシュを投げ捨てて行くのだ。そのたびに遼は、居場所を侵された気がして不愉快に思う。自分は平気で灰を撒き散らすとしても。
今は、投げ込まれているであろうあまたのゴミも、桜の下に埋もれてしまっていた。
しんしんと、桜が降り積もる。しばらくパンを食べるのも忘れて、ぼんやり花びらを目で追っていた。
桜の美しさはよく分からない。ただ、たくさんの花びらがひらひらと、無秩序に舞っているのがいい。なにも考えずに動くものを眺めるのは、とても心が落ち着いた。
隣の彼も、食事の手を止めて桜に見入っている。こちらはきちんと花を愛でているのかもしれない。それだけの風流心は持ち合わせているだろう。時折甘酒を含み、ほっと息をついていた。
時間が止まるような、あるいは一瞬で過ぎ去るような、不思議な感覚にひたる。
気のすむまで眺めてから、ごきりと首を鳴らした。ふと手元に視線を落とすと、パンに桜が数枚トッピングされている。それどころか体にもずいぶんとはりつき、桃色が点々と散っていた。いくら散りゆく桜が気に入っても、まとわりつかれるのは鬱陶しく、乱暴な手つきで払う。
しかし数が多く、瑞々しい花びらはぴたりとはりつくから、払いきれるものではない。この空間の雅さなどすっかり忘れて、ばたばたと服をゆらし、ぶんぶんと頭を振った。やがて、見かねた逢坂が甘酒を下に置いた。
無言で手を伸ばし、頭や背中の、遼には見えないところの花びらを払っていく。丁寧な手つきは、桜の優美さを少しも損なわなかった。
遼からあらかた払い落とすと、今度は自然と逢坂の番になった。彼が一枚一枚丁寧に払っていくのに対し、遼は乱暴にはたき、わしゃわしゃと頭をかき乱す。無事に花びらは落ちたが、髪も服も随分と乱れてしまっていた。
そんな頭上にまた一枚、ひらりと降ろうとする。反射的に手を伸ばしてつかみとると、勢いに驚いたのか、彼は身を竦ませた。
あらためて目の前に拳を突き出し、手のひらの中身を見せてやると、感心したように目が丸くなった。ほう、と息をつくのが聞こえる。そしてなにやら眉を凛々しくして、宙を舞う桜を見据えた。
さて、どうするか。お手並み拝見。
一枚の花びらが彼の前に舞う。す、と手が伸ばされて、音もなくそれをつかみとった。まるで花の方から吸い寄せられていくようだった。ふうん、と遼は鼻を鳴らす。
やり返してやろうと、勢いをつけて桜を追った。両の手のひらを打ち合わせて、中を見てみるとなにもない。不思議に思いながらも何度か、ぱちんぱちんと手を打ったが、風圧のせいで見事に逃げられてしまう。寸前でひらりと舞っていく様子が、まるで遼を小馬鹿しにしているようで、だんだんと腹が立ってきた。
そんな遼をしり目に、逢坂は片手で次々に花びらを誘いこんでいく。一枚、二枚、逢坂の上に降る桜は従順だ。
不意に、その手が遼の頬へのびた。結構な勢いに、どうするのかと身構えると、少しだけ指先が触れていく。見せつけるように突き付けられた指には、花びらが一枚捕らえられていた。
手のひらの方には、数えるのが億劫になる枚数が乗っている。対して遼はせいぜい三枚で、勝敗は明らかだった。
なけなしの三枚を地面に投げ放ち、どっかりと校舎に背を預ける。見るからに不機嫌になった遼に、逢坂は首をかしげる。
「……花を持たせた方がよかったか」
状況が状況だけに、文字どおりの意味なのかと思って、いらねえよと言いかけた。桜の花なんかもらっても。しかし慣用表現だと気付き、勝ちを譲ればよかったかと言われたことを理解し、やはり吐き捨てた。
「いらねえよ」
「そうか」
手のひらを広げると、風がすべてをさらっていった。降りしきる花びらへまざるのを見届けながら、彼は静かに話し出す。
「二年生に、なったな」
「ああ。そりゃ、自然になってたんだ」
「君はなにも変わらない」
「なんだよ。あれか。自覚を持て、責任を持て、ってやつか。小学校に上がったんだからしっかりしろ、六年生になったんだからしっかりしろ、中学生になったんだからしっかりしろ、二年生とはいえ気を緩めるな、三年生なんだから見本となれ、高校生になったんだから大人らしくしろ。無駄だぞ、俺はそういうのを一切聞き入れたことがねえからな」
「だろうな」
遼は昔からこうだったし、これからもそうである自信がある。立花遼という人間は不変で不動だ。
よしんば変わることがあったとしても、それは劇的なきっかけによるものであって、間違っても進級にともなって心を入れ替えるということではない。
うなずき、逢坂は久しぶりに食事を再開させた。
「しかし、こんな時期に誕生日だと、誰にも気づかれないだろう」
遼も焼きそばパンをくわえながらそれを聞いていた。返事を急ぐことはせず、ゆっくり焼きそばを食いちぎり、咀嚼し、飲み込む。
「そうだな。気づいてたら、お前はもうここにいないだろうし。あと、俺の誕生日は九月だからまだ先だしな。今年は八月に祝ってくれ。誕生日プレゼントとして、この桜の代紋をあげる。いいものあげるから、ちゃんと覚えてろよ」
「わかった。忘れない。来年の君の誕生日までに、桜の代紋をもらえるくらい偉くなっておく」
「期待しないで待っとくわ。じゃあな、逢坂。また明日」
逢坂はいつものように、また明日、と答えた。
遼は一人、階段を上った。
***
翌日、逢坂は風邪を引いたらしい。
放課後の教室で、遼は窓の外を見ながらぼんやりとしていた。
逢坂の席は空っぽで、鞄だけが残っていた。昨日、花見の帰り道に、逢坂は体調を崩してしまったのだ。
遼は見舞いに行くべきか迷っていたのだが、逢坂本人が断ったため、結局行かなかった。
逢坂の体調が心配でないわけではないが、彼の意思を尊重したかったし、それに、あの男が弱った姿を人に見せたがらないことも知っていた。
「逢坂くん、今日休みみたいだけど大丈夫かな?」
隣にいる女子生徒が話しかけてきた。彼女は逢坂と同じ部活に所属している。
「さぁな。あいつは丈夫そうに見えるけど、意外と病弱っぽいところあるしな。そのうちひょっこり出てくるんじゃねーの? それより、そっちこそ文芸部はどうしたんだよ」
「部長がインフルエンザにかかってて、しばらく活動できないの。それで、みんなでお昼ご飯食べてたんだけど…………」
「なるほど、サボりか」
「ちっ、違うわよ! ちょっとお手洗いに行ってただけ!」
「はいはい。で、なんの話だったっけ」
「逢坂くんのこと。彼、本当に元気なのよね。たまに調子が悪いときもあるけれど、普通に登校してくるから。やっぱり、どこか悪いんじゃないかしら」
「どうせたいしたことじゃないと思うぜ。逢坂が病気とか、想像つかないし」
「そうなのよねえ。逢坂くんって、あんまり風邪引かないし、熱出してもすぐに治っちゃうの。私なんて毎年冬になると、必ず一度は寝込んでるのに」
「おい、それ自慢になるのかよ」
遼たちはそんなことを話しながら、それぞれの家路についた。
遼が帰宅すると、玄関に母の靴があった。リビングでは母がソファに座っていた。テーブルの上には料理が並んでいる。
「ただいま。飯、作ってくれたのか」
「おかえりなさい。ちょうどよかったわ。一緒に夕飯を食べましょう」
遼はランドセルを自分の部屋に置いてから、食卓に着く。母はすでに食事を始めていた。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
箸を持ち、肉を口に運ぶと、生姜焼きだった。美味しい。
「これ、うまいな」
「そうでしょう。お母さんが作ったんだから」
「うん。ありがとな」
「いえいえ。ところで、今日の学校はどうだったの」
「別に、ふつう」
「そう」
母はそれ以上追及してこなかったが、明らかに何か聞きたそうにしている。
しかし、いくら聞いても無駄なことはわかっている。これは昔からの習慣だった。
食事を終えると、風呂に入って歯磨きをして、ベッドに横になった。
部屋の電気を消して目を閉じる。暗闇の中で、昔、逢坂に言った言葉を思い出していた。
『おまえ、ほんとにおもしろいな』
あれはいつのことだったか。小学校に上がる前かもしれない。
逢坂は、人の気持ちというものがよくわからない子どもだった。
そのせいなのか、他人の顔色や表情を読むことができず、いつも一人でいることが多かった。
遼はよく、逢坂のことを気にかけていた。自分には友人と呼べる存在がいないことに気づいてしまったからだ。
ある日、遼は逢坂に訊いてみた。
「なあ、逢坂。俺たち友達だよな?」
「ああ。もちろん」
逢坂はうなずき、当然のように答えた。
「なら、どうして俺は友だちが少ないんだろう」
「それは、僕にもわからない」
「俺、ずっと考えてみてるんだ。でも、よくわかんなくて。教えてくれないか」
「遼にはきっと、人より少し鋭いところがあるんだよ。だから、僕のことが怖くて近寄れないんだと思う。だから、あまり深く考えない方がいい。大丈夫、いつか、ちゃんと仲良くなれる日が来るよ」
「そうかな」
「そうだよ」
「ありがとう、逢坂」
「いいよ」
「俺、逢坂みたいな奴になりたいな」
「僕はなりたくない」
「なんで」
「だって、怖いじゃないか」
「怖くないよ」
「嘘つき」
「本当なのに」
「じゃあ、遼はどんな人が好きなの」
「優しい人で、強い人」
「なんだか矛盾している気がするけど」
遼は首を振った。
彼は、強くて優しくて、誰よりも頭がいい人間になりたかったのだ。
逢坂みたいに。
***
翌日の放課後、遼はいつものように階段を上っていた。
逢坂の席は相変わらず空っぽで、鞄だけが残っていた。
遼の足音だけが響く廊下。誰もいない教室。
教室の中に入り、逢坂の席に近づいたとき、遼は気づいた。
机の下に、赤い紐のようなものが落ちている。
拾い上げると、血のような赤黒いものがこびりついていた。
嫌なものを見た。遼はそれを床に投げ捨てようとしたのだが、なぜかできなかった。
「…………桜の代紋?」
逢坂の名前が書かれた、警察手帳の一部に見えた。
「逢坂?」
遼がつぶやくと、背後から声が聞こえてきた。
「何をしているんですか? 立花さん」
振り返ると、そこにいたのは制服姿の警察官だった。
「あんたがこれを落としたのか? だとしたら、まずいんじゃないのか」
「はい。そうなりますね」
「やっぱり」
「すみませんが、それを渡していただけますか?落し物なので」
「あんたは、警察に知り合いがいるのか」
「ええ。まぁ」
「これを渡す前に、質問に答えろよ」
「なんでしょうか」
「なんで逢坂の財布がここにある。あいつはどこに行ったんだ」
「逢坂くんのことはご存じですか」
「知ってる」
「では、話が早いですね」
警官はため息をついた。
そして、言った。
――逢坂くんは亡くなりました。
――二週間前のことです。
――詳しい話はできませんが、自殺です。
遼は目の前が真っ暗になるのを感じた。
その後、どうやって家に帰ったかも覚えていない。
気がつくと、ベッドの上で眠っていた。
目が覚めても、夢の中の光景が頭から離れなかった。
夜になっても眠れず、朝になると学校に行く支度をした。
母は何も言わずに、朝食を作ってくれた。
遼は黙ってそれを食べ終えてから家を出た。
登校中も何も考えられなかったが、下駄箱に着いたときに思い至った。
靴の中が泥だらけになっている。
昨日の帰り道、どこかで転んでしまったらしい。
遼は靴を脱いで、中の土を取り除いた。
それから上履きを履いて、校舎に入った。
遼のクラスである一年三組に着くと、すでに何人かの生徒が集まっていた。
その中には、逢坂の姿もあった。
「おはようございます、立花先輩」
逢坂は無表情のまま挨拶した。
「お、おう」
「どうかしましたか」
「いや、なんでもない」
「そうですか」
逢坂はそれ以上追及してこなかった。
しばらくして担任の教師が現れ、ホームルームが始まった。
教師は逢坂が死んだことを告げ、静かにするようにと言った。
生徒はみな神妙に聞いていたが、遼は違った。
逢坂の死を知らされても、まったく実感がわかなかったからだ。
教室の窓から外を見ると、校庭に大きな穴があった。
あれは逢坂が開けたものだ。間違いない。
あの事件以降、逢坂に対するいじめはぴたりと止んでいた。
誰もが恐れをなしたからだ。
しかし、今度は別の問題が起きた。
逢坂の死体が見つかったのは、山奥の小さな村だった。
彼の死体が発見されたのは、村の駐在所の前だった。
死因は絞殺によるもので、死後、数日間放置されていたという。
現場には凶器と思われるものはなく、警察は殺人事件として捜査を始めた。
しかし、犯人の痕跡は一切見つからなかった。
***
遼は刑事になった。
理由は単純だった。警察に入り、逢坂を殺した人間を捕まえるためだ。
警察学校を卒業後、交番勤務を経て、警察署に配属された。
そこでの生活は決して楽ではなかった。
忙しくて、休みはほとんどない。
それでも、遼はやりがいを感じていた。
なぜならば、自分がこの世界で一番正しい人間だからだと思ったからだ。
ある日、上司から呼び出された。
「君に重要な任務を与える」
「はい」
「逢坂の件だ」
「わかりました」
「実はな、逢坂の家に脅迫状が届いたんだ」
「それは大変ですね」
「ああ。それでな、どうやら逢坂には身内がいないらしくてな。親戚筋をあたっているところなんだ」
「はい」
「その関係でな、逢坂の家に行ってもらいたい」
「私がですか」
「そうだ。頼めるかな」
「もちろんです」
「ありがとう。助かるよ。じゃあ、よろしく頼む」
***
遼は逢坂の住む村にやって来た。
逢坂の家は小さな一軒家で、庭には立派な桜の木が植えられていた。
遼はチャイムを押して、しばらく待った。
ドアの向こうからは、人の気配を感じられない。
もう一度押したが、返事はない。
遼はポケットに手を突っ込み、鍵を取り出した。
「留守なのか?」
そのとき、背後から声をかけられた。
「何か用かい?」
振り返ると、そこには初老の男がいた。
「僕は警察の者です。ちょっとお尋ねしたいことがありまして」
「警察?」
「ええ。逢坂さんに会わせてもらえませんか」
男は怪しげに目を細めた。
「警察が何のようだい」
「少し話を聞かせてもらいたくて」
「話? どんな」
「最近、誰かに恨まれるようなことはなかったかとか」
「どうしてそんなことを聞く」
「仕事でしてね」
「…………まぁいいだろう」
「ありがとうございます」
男が家の中に入るように促したので、遼はあとに続いた。
玄関で靴を脱ぎ、廊下を歩く。
突き当たりの部屋に入ると、そこは和室になっていた。
部屋の隅に置かれた仏壇が目についた。
線香の匂いが漂ってくる。
部屋の中には誰もいなかった。
「逢坂はどこに行ったんですかね」
「さぁ」
男は不機嫌そうに答えた。遼はあたりを見回した。
床の間に飾られた掛け軸に目が留まった。
『桜』というタイトルが書かれた絵の下には、『春宵一刻値千金』という言葉が添えられている。
遼はそれを見て、逢坂と初めて会ったときのことを思い出した。
――俺はあんたが煙草を吸うところが見たかっただけだ。
――別に死なれるのは困るんだよ。
――だから、俺と仲良くしてくれないか。
――煙草さえ吸ってくれれば、それでいいんだ。
――わかった。約束する。
――その代わり、俺の言うことをきけ。
――いいな、絶対に忘れるんじゃねぇぞ。
あのときのことが頭を過り、背筋が寒くなった。
「どうかしたのかい」
「いえ、なんでもありません」
「それより、君はなぜここに来た」
「逢坂さんのことで聞きたいことがあるんですよ」
「逢坂のことか」
「はい。逢坂さんが殺されたことはご存じですか」
「知っておるが、それがどうかしたのか」
「逢坂さんとはどういう関係なんですか」
「わしと逢坂との関係だと」
「ええ。お二人は知り合いだったみたいじゃないですか」
「確かに知り合っちゃいるが、それだけだよ」
「そうですか」
「他に何を聞きたい」
「逢坂さんがどこに行ったかわかりますか」
「さぁ、知らんな。山の方へ遊びに行くと言って、朝早くに出て行かれたようだからな」
「そうですか」
「もういいかね」
「はい。ありがとうございました」
遼は頭を下げてから、逢坂の家を出た。
***
それからしばらくして、遼のもとに手紙が届いた。
差出人は逢坂からだった。
内容はこうだった。
自分は警察に捕まるつもりだ。だから、警察に連絡してほしい。
逢坂は遺書を書いていないため、自殺ではなく、事件として扱われるはずだ。
しかし、警察は逢坂が死んだ場所を突き止めていない。
逢坂の家は警察によって封鎖されているからだ。
だから、逢坂の死体が見つかった場所はわからない。
逢坂は誰にも見つからない場所で死んだのだ。
もし、自分がいなくなったことに気がついたら、警察に伝えてほしい。
そして、逢坂の死体が見つかった場所に来てくれ。
その場所は山の上にある小さな村だ。
村の名前は知らない。
村には駐在所がある。駐在所の前には、小さな祠が建っている。
その裏手には、墓地が広がっている。
村の人間はそこに眠る。
墓参りをすると、必ず逢魔時になる。
逢魔時は村にとって大切な時間なのだという。
夜になると、逢坂の家には逢坂が現れるのだという噂があった。
逢坂は逢坂を殺した人間を探し続けているという。
その犯人を見つけるまで、逢坂は決して死ぬことはない。
逢坂は毎晩、逢坂を殺した人間を探して彷徨っているのだという。
逢坂は今でも生きている。
この世界にいる。
逢坂は今も、この世界のどこかで息をしているに違いない。
この世界には、逢坂の魂だけが住んでいる。
***
逢坂からの手紙を読み終えると、遼は電話帳を開いた。
ページをめくっていき、ある番号を見つけたところで手を止めた。
そこには、『110』と書かれていた。
(やっぱり、こんなところに書いてあった)
遼は電話をかけた。
「もしもし」
「あ、あの、警察の者ですが」
「どちらさまでしょうか」
「逢坂さんに会いにきたんですけど」
「あー、警察の方ですね」
「ええ」
「申し訳ないんですが、今、逢坂さんはいません」
「どこに行ったか教えてもらえませんか」
「それはちょっと…………」
「お願いします」
「ちょっと待っていてください」
しばらく待っていると、受話器の向こう側から足音が聞こえてきた。
「はい、どうも」
「逢坂さんはどこにいますか」
「いませんよ」
「いつ帰ってくるんですか」
「さぁ」
「…………あなたは何を知っているんですか」
遼は少し間を置いて言った。
それを聞いた相手は驚いたようだった。
遼はさらに続けた。
「僕は刑事じゃありません。ただの高校生ですよ」
「そうなんですね」
「でも、調べることはできます」
「どうやって」
「僕は探偵なんです」
「探偵?」
「ええ」
「そうですか。では、一つだけ、私の知っていることをお話しましょう」
「はい、是非とも」
「逢坂さんは、誰かに殺されたのです」
「誰に殺されたっていうんですか」
「わかりません」
「わからない? そんなわけがないでしょう」
「本当なんですよ。私は本当に何も知りません」
「ふざけるな!」
遼は思わず怒鳴ってしまった。
遼が黙り込むと、相手の声が響いた。
「私だって信じたくありません」
「どうして信じられるんだよ」
「私が逢坂さんの一番古い友人だからです」
「どういうことだよ」
「逢坂さんは殺されたんですよ。十年前、私たちの目の前で」
「何言ってんだよ」
「いいですか、よく聞いてください」
遼は唾を飲み込んだ。
「逢坂さんは人を殺しているんです」
「嘘だろ」
「違います。本当のことです」
「なんでだよ、なんで殺したりしたんだ」
「殺されたから、殺されたんですよ」
「意味わかんねぇよ」
「あなたは逢坂さんが持っていたものを見たはずです」
「逢坂さんが持ってたものなら見たけど」
「あれはなんですか」
「ライターだよ」
「そうではありません」
「なんなんだよ」
「あのライターには呪いがかけられていた」
「どういうことだ」
「逢坂さんは、逢魔時に火をつけていましたよね」
「ああ」
「なぜですか」
「そういうものだと言われたから」
「そう、逢魔時には特別な力があると言われているから」
「特別の力」
「そう。逢魔時になると、逢坂さんは逢魔時の世界に行くことができる。逢魔時になると、逢坂さんはこの世に戻ってくることができる。逢魔時になると、逢坂さんは逢魔時の存在に会うことができて、話をすることができる。逢魔時になると、逢坂さんは逢魔時の存在をこの世に戻すこともできる。逢魔時になると、逢坂さんは逢魔時の力を使うことができる。逢魔時は大切な時間だから、逢坂さんは逢魔時に自分の命を絶つ。逢魔時は大切な時間だから、逢坂さんは逢魔時に死を選ぶ。逢魔時は大切な時間だから、逢坂さんは逢魔時を永遠に繰り返す。逢魔時は大切な時間だから、逢坂さんは逢魔時から逃げられない。逢魔時は大切な時間だから、逢坂さんは逢魔時から逃れることができない。逢魔時は大切な時間だから、逢坂さんは逢魔時を誰にも邪魔させない。逢魔時は逢坂さんのすべてだった。逢坂さんは逢魔時を愛していた。逢坂さんは逢魔時まで生き続けるつもりだった。なのに、逢坂さんは死んでしまった。逢坂さんは殺されてしまった。誰が逢坂さんを殺したのか、私にはわからない」
「逢坂さんを殺したのはお前じゃないのか」
「違います。私は逢坂さんを殺してなんかいない」
「じゃあ、一体誰なんだ」
「それは…………」
***
遼は電話を切った。
そして、すぐに次の番号をダイヤルした。
***
「もしもし」
「あ、あの、僕、逢坂さんの友人で…………」
「あー、逢坂くんの友達かな」
「はい」
「君の名前は?」
「遼です」
「遼かー、わかった! ちょっと待ってね」
電話口からガサガサという音が聞こえてくる。
しばらくすると、電話口の声が変わった。
「もしもし」
「逢坂さんですか」
「そうだ」
「よかった。生きてたんですね」
「うん」
「今どこにいるんですか」
「病院」
「えっ、どうしてそんなところに」
「怪我をしたから」
「大丈夫なんですか?」
「もう平気」
「本当に? 痛くないんですか」
「全然」
「そっか」
「心配かけてごめん」
「いいよ、別に」
「ありがとう」
「元気になったら、また遊ぼうぜ」
「もちろん」
「約束だぞ」
「わかっているよ」
「じゃあな」
「バイバイ」
(これでよし)
遼は受話器を置いた。
逢坂の居場所は突き止めた。
あとは、そこへ行くだけだ。遼はタクシーに乗った。
運転手に行き先を告げる。
「渋谷の、道玄坂のほうに向かってください」
遼は窓の外を見ながら考えた。
これから自分は、逢坂を殺そうとしている。
しかし、本当に殺すのだろうか。
確かに逢坂は逢魔時に人を殺している。
でも、それは十年前の出来事だ。
それに、逢坂の話では、逢坂は逢魔時に死んだことになっている。
ということは、逢坂はまだ生きているということではないか。
遼は思った。
それならば、逢坂は今もまだ、逢魔時の中で苦しんでいるかもしれない。
もしかすると、逢坂が殺した相手は、逢坂を苦しめるために、逢魔時に逢坂の命を奪ったのではないか。
だとしたら、その相手を殺せば、逢坂は助かるのではないだろうか。
でも、そんなことをしていいのだろうか。
そもそも、なぜ逢坂は十年前に人殺しなんてしてしまったのだろう。いったい何があったのだろう。どうして逢坂は、逢魔時に人を殺すように言われなければならなかったのだろう。
遼は考え続けたが、答えを見つけることはできなかった。
逢坂が入院していたのは、街の外れにある小さな個人経営の小さな病院で、そこは逢坂が通っていた高校のすぐそばにあった。
「ここです」と、運転手が言った。
料金を払って車を出ると、空が曇り始めていた。
雨が降り出す前に、早く行かないと。
病院の入り口には、「逢坂」と書かれたネームプレートがぶら下がっていた。
遼はその前に立って、大きく深呼吸をした。
逢坂がここにいる。
僕は今から逢坂を殺しに行くのだ。
そう思うだけで胸の奥が激しく痛み始める。
遼はもう一度、深く息を吸い込んだ。
そして、扉に手をかけた。
中に入る。
受付で病室を聞く。
三階の一番奥の部屋だという。
エレベーターに乗って上へ向かう。
廊下を歩きながら考える。
逢坂はどんな気持ちでこの階段を昇っていったのだろう。
もし、自分が逢坂の立場だったとしたら、どうするのだろうと遼は想像した。
きっと、怖いと思うに違いない。
足がすくんでしまうような気がする。
それでも、逢坂は一歩ずつ確実に歩を進めたはずだ。
なぜなら、逢坂は逢魔時を信じていたからだ。
逢魔時になれば、逢坂は逢魔時の世界に行くことができる。
逢魔時になれば、逢坂はこの世に戻ってくることができる。
逢魔時になれば、逢坂は逢魔時の存在に会うことができて、話をすることができる。
逢魔時になれば、逢坂は逢魔時の力を使うことができる。
逢魔時は大切な時間だから、逢坂は逢魔時を永遠に繰り返す。
逢魔時は大切な時間だから、逢坂は逢魔時から逃れることができない。
逢い魔時は大切な時間だから、逢坂は逢魔時から逃げられない。
「…………あ、ここだ」
逢坂という部屋の前まで来た。
ノックをする。
返事はない。
もう一度、強く叩く。
やはり、応答はなかった。
「逢坂さん」
声をかけてみる。
反応がない。
ドアノブを捻る。
鍵がかかっていた。
「逢坂さん!」
大きな声で呼びかけてみたが、やはり返事がなかった。
「逢坂さん、開けてください」
何度か繰り返したが、結果は同じだった。
「…………仕方ないか」
遼はポケットからナイフを取り出した。
そして、それを握り締めると、一気に振り下ろした。
何度も、何度も、力任せに叩きつけた。
やがて、ガチャリという音がした。
開いた。
逢坂はベッドの上で横になっていた。
腕に点滴のチューブを繋がれていて、顔色は青ざめていたが、眠っているようだった。
遼は静かに近づき、枕元に立った。
「…………逢坂さん」
遼は囁くように呟き、逢坂を見つめた。
そして、右手に握っていたナイフを左手に持ち替え、逆手に持った。
そして、逢坂の首筋に刃先を当て、そのまま下に引いた。
設定入力のとき、「逢魔ヶ時」なんて単語は入れてないんですよ。でも本文中に出てきたのが運命的でお気に入りポイントでした。
「誕生日おめでとう、遼」
声に振り返ると、ちょうど風が吹いたところで、声の主は花びらにまぎれてしまった。ざあざあと舞い散る薄桃色のむこうに目を凝らすが、姿を見つけられない。
どの学校にも桜は植わっているだろうが、この学校はよっぽど桜が好きなのか、どこもかしこも桜桜桜だった。四月を迎えるといっせいに咲き乱れ、潔く散っていく。桜吹雪も、桜の絨毯も、みな口をそろえて綺麗だと言うが、遼には煩わしいばかりだった。
髪に着いたらいちいち払いのけなければならないし、あくびをするとむせてしまう。視界も悪いことこの上なく、こうして話しかけられても、相手を隠されてしまうのだ。まったく厄介だった。
いつまでたっても桜吹雪は降りやまず、いいかげん痺れを切らして踵を返した。すると足音で気付いたのか、声の主はまた声を上げる。
「遼」
「あんだよ」
ぱっ、と桜吹雪が振り払われた。むりやり桜をくぐりぬけて、ようやく姿を現したのは、去年から親交のある遼の先輩。くぐりぬけたはいいが、吸いこんでしまったらしく、途端にむせかえった。
これはいっそ、傘でもあった方がよかったかもしれない。桜前線なんていうくらいだから、梅雨前線とか寒冷前線とかああいうものの仲間で、ようは空から降ってくるものに注意しろという意味だったのかも。
そんなことを真顔で考えている間に、先輩は落ち着きを取り戻し、ようやく背筋を伸ばして遼の前に立った。黒髪に桜をまぶした彼は、逢坂新と言う名前だった。
「逢坂先輩」
「ああ。今日、誕生日だったろう」
「なんで知ってんだ?」
「名簿か何かで見たような」
「あっそ」
「それと、委員会の提出物を出していないのは君だけだ」
早く出してくれ。という彼に顔をしかめる。そっちが本題だ。それを言うついでに、誕生日を祝ったのだ。別についでだから嫌なわけではないが、宿題などの提出を急がされるのは大嫌いだった。
「今度な」
「本当なら春休みの前に出すべきだった」
「春休みが早く来すぎた」
「じっくり休んだろう、そろそろ頼むぞ。それがないと終われない」
確かにもう昨年度の委員会は終わっているし、近々新しい委員会も始まる。だから彼も急かしているのだろう。遼の知ったことではないが。
じゃあ、と逢坂は手を振って、桜吹雪の中を歩いていく。遼も背を向けようとして、そして思いだした。
「あ」
そうだ。今日は財布を持ってくるのを忘れて、昼食抜きを覚悟していたのだ。そろそろ正午が近づいてきた今、腹が減りつつある。煙草で誤魔化そうと思ったが、育ち盛りには少しキツイ。
だからこれは好都合かもしれない。
「先輩、」彼が振り返るのを確認して、叫ぶ。「誕生日プレゼントくれよ」
もう大分離れてしまった彼は、大声を出すことはせず、聞こえないような声を返した。
「プレゼント?」
「おう」
「なにが欲しいんだ」
頭の中には様々なものが浮かんだが、最終的には腹具合が決定を下した。
「焼きそばパン。焼きそばパン買ってこい」
***
「なんでお前まで一緒に食ってんだよ」
昼休みの校舎裏は、二人の他に誰もいなかった。あまり人目につかない、日の差さない場所だというのに、ここにも律義に桜が植わっている。おかげで花びらを払いのけるのに一苦労だ。
二人は校舎に寄りかかるようにして並んで座っている。いつも遼はここに一人でいるから、隣に誰かがいるのが不服だった。
不機嫌そうにそう言うと、逢坂は少し目を丸くする。わずかだが、彼なりの驚きの表現なのだろう。
「なんで、って。パンを買ってこさせておいて、一人で食べるつもりだったのか」
「パシられといて一緒に食うつもりなのかよ」
「誕生日に一人で食べることもないだろう」
このあたりは価値観の違いだ。逢坂は一人なんてもっての他だと思っているし、遼は常に一人でありたい。だからこの状態は不満だが――、だからといって、この場を追い出すほど不快というわけでもなかった。
遼の手元には、焼きそばパンとカツサンド、それにコーヒー牛乳。注文より余分に買ってきたのは「足りないだろう」という逢坂の計らいである。その彼は桜あんぱんに桜餅に甘酒と、花見かなにかと勘違いしているラインナップだ。
桜に降られながら、黙々と食べていく。もとより二人ともあまり話す方ではない。なにかきっかけでもなければ、こうして静謐を守り、ゆるやかな時間を過ごして終わるだけだ。
そうした時間の過ごし方が好きだった。音もせず、熱もなく、動きもなく、ただ茫然とたたずむのが遼の幸福。隣に誰もいなければなお、いい。
そうして過ごすには、校舎裏は最適だ。
この学校は少しくぼんだ土地にある。だから外から下りてくるための坂以外、壁に囲まれたようになっているのだ。すると校舎裏は、校舎と木々と壁に囲まれているということで、まったく人目につかない。時折校庭から声が聞こえてくるのと、壁の上の一般道から車の音が聞こえてくる以外、静かなものだった。
上を見上げ、一般道と敷地を隔てるフェンスを眺める。あれをもっと高くしてくれたら余計に良かった。たまに不作法者がビールの缶とか丸めたティッシュを投げ捨てて行くのだ。そのたびに遼は、居場所を侵された気がして不愉快に思う。自分は平気で灰を撒き散らすとしても。
今は、投げ込まれているであろうあまたのゴミも、桜の下に埋もれてしまっていた。
しんしんと、桜が降り積もる。しばらくパンを食べるのも忘れて、ぼんやり花びらを目で追っていた。
桜の美しさはよく分からない。ただ、たくさんの花びらがひらひらと、無秩序に舞っているのがいい。なにも考えずに動くものを眺めるのは、とても心が落ち着いた。
隣の彼も、食事の手を止めて桜に見入っている。こちらはきちんと花を愛でているのかもしれない。それだけの風流心は持ち合わせているだろう。時折甘酒を含み、ほっと息をついていた。
時間が止まるような、あるいは一瞬で過ぎ去るような、不思議な感覚にひたる。
気のすむまで眺めてから、ごきりと首を鳴らした。ふと手元に視線を落とすと、パンに桜が数枚トッピングされている。それどころか体にもずいぶんとはりつき、桃色が点々と散っていた。いくら散りゆく桜が気に入っても、まとわりつかれるのは鬱陶しく、乱暴な手つきで払う。
しかし数が多く、瑞々しい花びらはぴたりとはりつくから、払いきれるものではない。この空間の雅さなどすっかり忘れて、ばたばたと服をゆらし、ぶんぶんと頭を振った。やがて、見かねた逢坂が甘酒を下に置いた。
無言で手を伸ばし、頭や背中の、遼には見えないところの花びらを払っていく。丁寧な手つきは、桜の優美さを少しも損なわなかった。
遼からあらかた払い落とすと、今度は自然と逢坂の番になった。彼が一枚一枚丁寧に払っていくのに対し、遼は乱暴にはたき、わしゃわしゃと頭をかき乱す。無事に花びらは落ちたが、髪も服も随分と乱れてしまっていた。
そんな頭上にまた一枚、ひらりと降ろうとする。反射的に手を伸ばしてつかみとると、勢いに驚いたのか、彼は身を竦ませた。
あらためて目の前に拳を突き出し、手のひらの中身を見せてやると、感心したように目が丸くなった。ほう、と息をつくのが聞こえる。そしてなにやら眉を凛々しくして、宙を舞う桜を見据えた。
さて、どうするか。お手並み拝見。
一枚の花びらが彼の前に舞う。す、と手が伸ばされて、音もなくそれをつかみとった。まるで花の方から吸い寄せられていくようだった。ふうん、と遼は鼻を鳴らす。
やり返してやろうと、勢いをつけて桜を追った。両の手のひらを打ち合わせて、中を見てみるとなにもない。不思議に思いながらも何度か、ぱちんぱちんと手を打ったが、風圧のせいで見事に逃げられてしまう。寸前でひらりと舞っていく様子が、まるで遼を小馬鹿しにしているようで、だんだんと腹が立ってきた。
そんな遼をしり目に、逢坂は片手で次々に花びらを誘いこんでいく。一枚、二枚、逢坂の上に降る桜は従順だ。
不意に、その手が遼の頬へのびた。結構な勢いに、どうするのかと身構えると、少しだけ指先が触れていく。見せつけるように突き付けられた指には、花びらが一枚捕らえられていた。
手のひらの方には、数えるのが億劫になる枚数が乗っている。対して遼はせいぜい三枚で、勝敗は明らかだった。
なけなしの三枚を地面に投げ放ち、どっかりと校舎に背を預ける。見るからに不機嫌になった遼に、逢坂は首をかしげる。
「……花を持たせた方がよかったか」
状況が状況だけに、文字どおりの意味なのかと思って、いらねえよと言いかけた。桜の花なんかもらっても。しかし慣用表現だと気付き、勝ちを譲ればよかったかと言われたことを理解し、やはり吐き捨てた。
「いらねえよ」
「そうか」
手のひらを広げると、風がすべてをさらっていった。降りしきる花びらへまざるのを見届けながら、彼は静かに話し出す。
「二年生に、なったな」
「ああ。そりゃ、自然になってたんだ」
「君はなにも変わらない」
「なんだよ。あれか。自覚を持て、責任を持て、ってやつか。小学校に上がったんだからしっかりしろ、六年生になったんだからしっかりしろ、中学生になったんだからしっかりしろ、二年生とはいえ気を緩めるな、三年生なんだから見本となれ、高校生になったんだから大人らしくしろ。無駄だぞ、俺はそういうのを一切聞き入れたことがねえからな」
「だろうな」
遼は昔からこうだったし、これからもそうである自信がある。立花遼という人間は不変で不動だ。
よしんば変わることがあったとしても、それは劇的なきっかけによるものであって、間違っても進級にともなって心を入れ替えるということではない。
うなずき、逢坂は久しぶりに食事を再開させた。
「しかし、こんな時期に誕生日だと、誰にも気づかれないだろう」
遼も焼きそばパンをくわえながらそれを聞いていた。返事を急ぐことはせず、ゆっくり焼きそばを食いちぎり、咀嚼し、飲み込む。
「そうだな。気づいてたら、お前はもうここにいないだろうし。あと、俺の誕生日は九月だからまだ先だしな。今年は八月に祝ってくれ。誕生日プレゼントとして、この桜の代紋をあげる。いいものあげるから、ちゃんと覚えてろよ」
「わかった。忘れない。来年の君の誕生日までに、桜の代紋をもらえるくらい偉くなっておく」
「期待しないで待っとくわ。じゃあな、逢坂。また明日」
逢坂はいつものように、また明日、と答えた。
遼は一人、階段を上った。
***
翌日、逢坂は風邪を引いたらしい。
放課後の教室で、遼は窓の外を見ながらぼんやりとしていた。
逢坂の席は空っぽで、鞄だけが残っていた。昨日、花見の帰り道に、逢坂は体調を崩してしまったのだ。
遼は見舞いに行くべきか迷っていたのだが、逢坂本人が断ったため、結局行かなかった。
逢坂の体調が心配でないわけではないが、彼の意思を尊重したかったし、それに、あの男が弱った姿を人に見せたがらないことも知っていた。
「逢坂くん、今日休みみたいだけど大丈夫かな?」
隣にいる女子生徒が話しかけてきた。彼女は逢坂と同じ部活に所属している。
「さぁな。あいつは丈夫そうに見えるけど、意外と病弱っぽいところあるしな。そのうちひょっこり出てくるんじゃねーの? それより、そっちこそ文芸部はどうしたんだよ」
「部長がインフルエンザにかかってて、しばらく活動できないの。それで、みんなでお昼ご飯食べてたんだけど…………」
「なるほど、サボりか」
「ちっ、違うわよ! ちょっとお手洗いに行ってただけ!」
「はいはい。で、なんの話だったっけ」
「逢坂くんのこと。彼、本当に元気なのよね。たまに調子が悪いときもあるけれど、普通に登校してくるから。やっぱり、どこか悪いんじゃないかしら」
「どうせたいしたことじゃないと思うぜ。逢坂が病気とか、想像つかないし」
「そうなのよねえ。逢坂くんって、あんまり風邪引かないし、熱出してもすぐに治っちゃうの。私なんて毎年冬になると、必ず一度は寝込んでるのに」
「おい、それ自慢になるのかよ」
遼たちはそんなことを話しながら、それぞれの家路についた。
遼が帰宅すると、玄関に母の靴があった。リビングでは母がソファに座っていた。テーブルの上には料理が並んでいる。
「ただいま。飯、作ってくれたのか」
「おかえりなさい。ちょうどよかったわ。一緒に夕飯を食べましょう」
遼はランドセルを自分の部屋に置いてから、食卓に着く。母はすでに食事を始めていた。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
箸を持ち、肉を口に運ぶと、生姜焼きだった。美味しい。
「これ、うまいな」
「そうでしょう。お母さんが作ったんだから」
「うん。ありがとな」
「いえいえ。ところで、今日の学校はどうだったの」
「別に、ふつう」
「そう」
母はそれ以上追及してこなかったが、明らかに何か聞きたそうにしている。
しかし、いくら聞いても無駄なことはわかっている。これは昔からの習慣だった。
食事を終えると、風呂に入って歯磨きをして、ベッドに横になった。
部屋の電気を消して目を閉じる。暗闇の中で、昔、逢坂に言った言葉を思い出していた。
『おまえ、ほんとにおもしろいな』
あれはいつのことだったか。小学校に上がる前かもしれない。
逢坂は、人の気持ちというものがよくわからない子どもだった。
そのせいなのか、他人の顔色や表情を読むことができず、いつも一人でいることが多かった。
遼はよく、逢坂のことを気にかけていた。自分には友人と呼べる存在がいないことに気づいてしまったからだ。
ある日、遼は逢坂に訊いてみた。
「なあ、逢坂。俺たち友達だよな?」
「ああ。もちろん」
逢坂はうなずき、当然のように答えた。
「なら、どうして俺は友だちが少ないんだろう」
「それは、僕にもわからない」
「俺、ずっと考えてみてるんだ。でも、よくわかんなくて。教えてくれないか」
「遼にはきっと、人より少し鋭いところがあるんだよ。だから、僕のことが怖くて近寄れないんだと思う。だから、あまり深く考えない方がいい。大丈夫、いつか、ちゃんと仲良くなれる日が来るよ」
「そうかな」
「そうだよ」
「ありがとう、逢坂」
「いいよ」
「俺、逢坂みたいな奴になりたいな」
「僕はなりたくない」
「なんで」
「だって、怖いじゃないか」
「怖くないよ」
「嘘つき」
「本当なのに」
「じゃあ、遼はどんな人が好きなの」
「優しい人で、強い人」
「なんだか矛盾している気がするけど」
遼は首を振った。
彼は、強くて優しくて、誰よりも頭がいい人間になりたかったのだ。
逢坂みたいに。
***
翌日の放課後、遼はいつものように階段を上っていた。
逢坂の席は相変わらず空っぽで、鞄だけが残っていた。
遼の足音だけが響く廊下。誰もいない教室。
教室の中に入り、逢坂の席に近づいたとき、遼は気づいた。
机の下に、赤い紐のようなものが落ちている。
拾い上げると、血のような赤黒いものがこびりついていた。
嫌なものを見た。遼はそれを床に投げ捨てようとしたのだが、なぜかできなかった。
「…………桜の代紋?」
逢坂の名前が書かれた、警察手帳の一部に見えた。
「逢坂?」
遼がつぶやくと、背後から声が聞こえてきた。
「何をしているんですか? 立花さん」
振り返ると、そこにいたのは制服姿の警察官だった。
「あんたがこれを落としたのか? だとしたら、まずいんじゃないのか」
「はい。そうなりますね」
「やっぱり」
「すみませんが、それを渡していただけますか?落し物なので」
「あんたは、警察に知り合いがいるのか」
「ええ。まぁ」
「これを渡す前に、質問に答えろよ」
「なんでしょうか」
「なんで逢坂の財布がここにある。あいつはどこに行ったんだ」
「逢坂くんのことはご存じですか」
「知ってる」
「では、話が早いですね」
警官はため息をついた。
そして、言った。
――逢坂くんは亡くなりました。
――二週間前のことです。
――詳しい話はできませんが、自殺です。
遼は目の前が真っ暗になるのを感じた。
その後、どうやって家に帰ったかも覚えていない。
気がつくと、ベッドの上で眠っていた。
目が覚めても、夢の中の光景が頭から離れなかった。
夜になっても眠れず、朝になると学校に行く支度をした。
母は何も言わずに、朝食を作ってくれた。
遼は黙ってそれを食べ終えてから家を出た。
登校中も何も考えられなかったが、下駄箱に着いたときに思い至った。
靴の中が泥だらけになっている。
昨日の帰り道、どこかで転んでしまったらしい。
遼は靴を脱いで、中の土を取り除いた。
それから上履きを履いて、校舎に入った。
遼のクラスである一年三組に着くと、すでに何人かの生徒が集まっていた。
その中には、逢坂の姿もあった。
「おはようございます、立花先輩」
逢坂は無表情のまま挨拶した。
「お、おう」
「どうかしましたか」
「いや、なんでもない」
「そうですか」
逢坂はそれ以上追及してこなかった。
しばらくして担任の教師が現れ、ホームルームが始まった。
教師は逢坂が死んだことを告げ、静かにするようにと言った。
生徒はみな神妙に聞いていたが、遼は違った。
逢坂の死を知らされても、まったく実感がわかなかったからだ。
教室の窓から外を見ると、校庭に大きな穴があった。
あれは逢坂が開けたものだ。間違いない。
あの事件以降、逢坂に対するいじめはぴたりと止んでいた。
誰もが恐れをなしたからだ。
しかし、今度は別の問題が起きた。
逢坂の死体が見つかったのは、山奥の小さな村だった。
彼の死体が発見されたのは、村の駐在所の前だった。
死因は絞殺によるもので、死後、数日間放置されていたという。
現場には凶器と思われるものはなく、警察は殺人事件として捜査を始めた。
しかし、犯人の痕跡は一切見つからなかった。
***
遼は刑事になった。
理由は単純だった。警察に入り、逢坂を殺した人間を捕まえるためだ。
警察学校を卒業後、交番勤務を経て、警察署に配属された。
そこでの生活は決して楽ではなかった。
忙しくて、休みはほとんどない。
それでも、遼はやりがいを感じていた。
なぜならば、自分がこの世界で一番正しい人間だからだと思ったからだ。
ある日、上司から呼び出された。
「君に重要な任務を与える」
「はい」
「逢坂の件だ」
「わかりました」
「実はな、逢坂の家に脅迫状が届いたんだ」
「それは大変ですね」
「ああ。それでな、どうやら逢坂には身内がいないらしくてな。親戚筋をあたっているところなんだ」
「はい」
「その関係でな、逢坂の家に行ってもらいたい」
「私がですか」
「そうだ。頼めるかな」
「もちろんです」
「ありがとう。助かるよ。じゃあ、よろしく頼む」
***
遼は逢坂の住む村にやって来た。
逢坂の家は小さな一軒家で、庭には立派な桜の木が植えられていた。
遼はチャイムを押して、しばらく待った。
ドアの向こうからは、人の気配を感じられない。
もう一度押したが、返事はない。
遼はポケットに手を突っ込み、鍵を取り出した。
「留守なのか?」
そのとき、背後から声をかけられた。
「何か用かい?」
振り返ると、そこには初老の男がいた。
「僕は警察の者です。ちょっとお尋ねしたいことがありまして」
「警察?」
「ええ。逢坂さんに会わせてもらえませんか」
男は怪しげに目を細めた。
「警察が何のようだい」
「少し話を聞かせてもらいたくて」
「話? どんな」
「最近、誰かに恨まれるようなことはなかったかとか」
「どうしてそんなことを聞く」
「仕事でしてね」
「…………まぁいいだろう」
「ありがとうございます」
男が家の中に入るように促したので、遼はあとに続いた。
玄関で靴を脱ぎ、廊下を歩く。
突き当たりの部屋に入ると、そこは和室になっていた。
部屋の隅に置かれた仏壇が目についた。
線香の匂いが漂ってくる。
部屋の中には誰もいなかった。
「逢坂はどこに行ったんですかね」
「さぁ」
男は不機嫌そうに答えた。遼はあたりを見回した。
床の間に飾られた掛け軸に目が留まった。
『桜』というタイトルが書かれた絵の下には、『春宵一刻値千金』という言葉が添えられている。
遼はそれを見て、逢坂と初めて会ったときのことを思い出した。
――俺はあんたが煙草を吸うところが見たかっただけだ。
――別に死なれるのは困るんだよ。
――だから、俺と仲良くしてくれないか。
――煙草さえ吸ってくれれば、それでいいんだ。
――わかった。約束する。
――その代わり、俺の言うことをきけ。
――いいな、絶対に忘れるんじゃねぇぞ。
あのときのことが頭を過り、背筋が寒くなった。
「どうかしたのかい」
「いえ、なんでもありません」
「それより、君はなぜここに来た」
「逢坂さんのことで聞きたいことがあるんですよ」
「逢坂のことか」
「はい。逢坂さんが殺されたことはご存じですか」
「知っておるが、それがどうかしたのか」
「逢坂さんとはどういう関係なんですか」
「わしと逢坂との関係だと」
「ええ。お二人は知り合いだったみたいじゃないですか」
「確かに知り合っちゃいるが、それだけだよ」
「そうですか」
「他に何を聞きたい」
「逢坂さんがどこに行ったかわかりますか」
「さぁ、知らんな。山の方へ遊びに行くと言って、朝早くに出て行かれたようだからな」
「そうですか」
「もういいかね」
「はい。ありがとうございました」
遼は頭を下げてから、逢坂の家を出た。
***
それからしばらくして、遼のもとに手紙が届いた。
差出人は逢坂からだった。
内容はこうだった。
自分は警察に捕まるつもりだ。だから、警察に連絡してほしい。
逢坂は遺書を書いていないため、自殺ではなく、事件として扱われるはずだ。
しかし、警察は逢坂が死んだ場所を突き止めていない。
逢坂の家は警察によって封鎖されているからだ。
だから、逢坂の死体が見つかった場所はわからない。
逢坂は誰にも見つからない場所で死んだのだ。
もし、自分がいなくなったことに気がついたら、警察に伝えてほしい。
そして、逢坂の死体が見つかった場所に来てくれ。
その場所は山の上にある小さな村だ。
村の名前は知らない。
村には駐在所がある。駐在所の前には、小さな祠が建っている。
その裏手には、墓地が広がっている。
村の人間はそこに眠る。
墓参りをすると、必ず逢魔時になる。
逢魔時は村にとって大切な時間なのだという。
夜になると、逢坂の家には逢坂が現れるのだという噂があった。
逢坂は逢坂を殺した人間を探し続けているという。
その犯人を見つけるまで、逢坂は決して死ぬことはない。
逢坂は毎晩、逢坂を殺した人間を探して彷徨っているのだという。
逢坂は今でも生きている。
この世界にいる。
逢坂は今も、この世界のどこかで息をしているに違いない。
この世界には、逢坂の魂だけが住んでいる。
***
逢坂からの手紙を読み終えると、遼は電話帳を開いた。
ページをめくっていき、ある番号を見つけたところで手を止めた。
そこには、『110』と書かれていた。
(やっぱり、こんなところに書いてあった)
遼は電話をかけた。
「もしもし」
「あ、あの、警察の者ですが」
「どちらさまでしょうか」
「逢坂さんに会いにきたんですけど」
「あー、警察の方ですね」
「ええ」
「申し訳ないんですが、今、逢坂さんはいません」
「どこに行ったか教えてもらえませんか」
「それはちょっと…………」
「お願いします」
「ちょっと待っていてください」
しばらく待っていると、受話器の向こう側から足音が聞こえてきた。
「はい、どうも」
「逢坂さんはどこにいますか」
「いませんよ」
「いつ帰ってくるんですか」
「さぁ」
「…………あなたは何を知っているんですか」
遼は少し間を置いて言った。
それを聞いた相手は驚いたようだった。
遼はさらに続けた。
「僕は刑事じゃありません。ただの高校生ですよ」
「そうなんですね」
「でも、調べることはできます」
「どうやって」
「僕は探偵なんです」
「探偵?」
「ええ」
「そうですか。では、一つだけ、私の知っていることをお話しましょう」
「はい、是非とも」
「逢坂さんは、誰かに殺されたのです」
「誰に殺されたっていうんですか」
「わかりません」
「わからない? そんなわけがないでしょう」
「本当なんですよ。私は本当に何も知りません」
「ふざけるな!」
遼は思わず怒鳴ってしまった。
遼が黙り込むと、相手の声が響いた。
「私だって信じたくありません」
「どうして信じられるんだよ」
「私が逢坂さんの一番古い友人だからです」
「どういうことだよ」
「逢坂さんは殺されたんですよ。十年前、私たちの目の前で」
「何言ってんだよ」
「いいですか、よく聞いてください」
遼は唾を飲み込んだ。
「逢坂さんは人を殺しているんです」
「嘘だろ」
「違います。本当のことです」
「なんでだよ、なんで殺したりしたんだ」
「殺されたから、殺されたんですよ」
「意味わかんねぇよ」
「あなたは逢坂さんが持っていたものを見たはずです」
「逢坂さんが持ってたものなら見たけど」
「あれはなんですか」
「ライターだよ」
「そうではありません」
「なんなんだよ」
「あのライターには呪いがかけられていた」
「どういうことだ」
「逢坂さんは、逢魔時に火をつけていましたよね」
「ああ」
「なぜですか」
「そういうものだと言われたから」
「そう、逢魔時には特別な力があると言われているから」
「特別の力」
「そう。逢魔時になると、逢坂さんは逢魔時の世界に行くことができる。逢魔時になると、逢坂さんはこの世に戻ってくることができる。逢魔時になると、逢坂さんは逢魔時の存在に会うことができて、話をすることができる。逢魔時になると、逢坂さんは逢魔時の存在をこの世に戻すこともできる。逢魔時になると、逢坂さんは逢魔時の力を使うことができる。逢魔時は大切な時間だから、逢坂さんは逢魔時に自分の命を絶つ。逢魔時は大切な時間だから、逢坂さんは逢魔時に死を選ぶ。逢魔時は大切な時間だから、逢坂さんは逢魔時を永遠に繰り返す。逢魔時は大切な時間だから、逢坂さんは逢魔時から逃げられない。逢魔時は大切な時間だから、逢坂さんは逢魔時から逃れることができない。逢魔時は大切な時間だから、逢坂さんは逢魔時を誰にも邪魔させない。逢魔時は逢坂さんのすべてだった。逢坂さんは逢魔時を愛していた。逢坂さんは逢魔時まで生き続けるつもりだった。なのに、逢坂さんは死んでしまった。逢坂さんは殺されてしまった。誰が逢坂さんを殺したのか、私にはわからない」
「逢坂さんを殺したのはお前じゃないのか」
「違います。私は逢坂さんを殺してなんかいない」
「じゃあ、一体誰なんだ」
「それは…………」
***
遼は電話を切った。
そして、すぐに次の番号をダイヤルした。
***
「もしもし」
「あ、あの、僕、逢坂さんの友人で…………」
「あー、逢坂くんの友達かな」
「はい」
「君の名前は?」
「遼です」
「遼かー、わかった! ちょっと待ってね」
電話口からガサガサという音が聞こえてくる。
しばらくすると、電話口の声が変わった。
「もしもし」
「逢坂さんですか」
「そうだ」
「よかった。生きてたんですね」
「うん」
「今どこにいるんですか」
「病院」
「えっ、どうしてそんなところに」
「怪我をしたから」
「大丈夫なんですか?」
「もう平気」
「本当に? 痛くないんですか」
「全然」
「そっか」
「心配かけてごめん」
「いいよ、別に」
「ありがとう」
「元気になったら、また遊ぼうぜ」
「もちろん」
「約束だぞ」
「わかっているよ」
「じゃあな」
「バイバイ」
(これでよし)
遼は受話器を置いた。
逢坂の居場所は突き止めた。
あとは、そこへ行くだけだ。遼はタクシーに乗った。
運転手に行き先を告げる。
「渋谷の、道玄坂のほうに向かってください」
遼は窓の外を見ながら考えた。
これから自分は、逢坂を殺そうとしている。
しかし、本当に殺すのだろうか。
確かに逢坂は逢魔時に人を殺している。
でも、それは十年前の出来事だ。
それに、逢坂の話では、逢坂は逢魔時に死んだことになっている。
ということは、逢坂はまだ生きているということではないか。
遼は思った。
それならば、逢坂は今もまだ、逢魔時の中で苦しんでいるかもしれない。
もしかすると、逢坂が殺した相手は、逢坂を苦しめるために、逢魔時に逢坂の命を奪ったのではないか。
だとしたら、その相手を殺せば、逢坂は助かるのではないだろうか。
でも、そんなことをしていいのだろうか。
そもそも、なぜ逢坂は十年前に人殺しなんてしてしまったのだろう。いったい何があったのだろう。どうして逢坂は、逢魔時に人を殺すように言われなければならなかったのだろう。
遼は考え続けたが、答えを見つけることはできなかった。
逢坂が入院していたのは、街の外れにある小さな個人経営の小さな病院で、そこは逢坂が通っていた高校のすぐそばにあった。
「ここです」と、運転手が言った。
料金を払って車を出ると、空が曇り始めていた。
雨が降り出す前に、早く行かないと。
病院の入り口には、「逢坂」と書かれたネームプレートがぶら下がっていた。
遼はその前に立って、大きく深呼吸をした。
逢坂がここにいる。
僕は今から逢坂を殺しに行くのだ。
そう思うだけで胸の奥が激しく痛み始める。
遼はもう一度、深く息を吸い込んだ。
そして、扉に手をかけた。
中に入る。
受付で病室を聞く。
三階の一番奥の部屋だという。
エレベーターに乗って上へ向かう。
廊下を歩きながら考える。
逢坂はどんな気持ちでこの階段を昇っていったのだろう。
もし、自分が逢坂の立場だったとしたら、どうするのだろうと遼は想像した。
きっと、怖いと思うに違いない。
足がすくんでしまうような気がする。
それでも、逢坂は一歩ずつ確実に歩を進めたはずだ。
なぜなら、逢坂は逢魔時を信じていたからだ。
逢魔時になれば、逢坂は逢魔時の世界に行くことができる。
逢魔時になれば、逢坂はこの世に戻ってくることができる。
逢魔時になれば、逢坂は逢魔時の存在に会うことができて、話をすることができる。
逢魔時になれば、逢坂は逢魔時の力を使うことができる。
逢魔時は大切な時間だから、逢坂は逢魔時を永遠に繰り返す。
逢魔時は大切な時間だから、逢坂は逢魔時から逃れることができない。
逢い魔時は大切な時間だから、逢坂は逢魔時から逃げられない。
「…………あ、ここだ」
逢坂という部屋の前まで来た。
ノックをする。
返事はない。
もう一度、強く叩く。
やはり、応答はなかった。
「逢坂さん」
声をかけてみる。
反応がない。
ドアノブを捻る。
鍵がかかっていた。
「逢坂さん!」
大きな声で呼びかけてみたが、やはり返事がなかった。
「逢坂さん、開けてください」
何度か繰り返したが、結果は同じだった。
「…………仕方ないか」
遼はポケットからナイフを取り出した。
そして、それを握り締めると、一気に振り下ろした。
何度も、何度も、力任せに叩きつけた。
やがて、ガチャリという音がした。
開いた。
逢坂はベッドの上で横になっていた。
腕に点滴のチューブを繋がれていて、顔色は青ざめていたが、眠っているようだった。
遼は静かに近づき、枕元に立った。
「…………逢坂さん」
遼は囁くように呟き、逢坂を見つめた。
そして、右手に握っていたナイフを左手に持ち替え、逆手に持った。
そして、逢坂の首筋に刃先を当て、そのまま下に引いた。
設定入力のとき、「逢魔ヶ時」なんて単語は入れてないんですよ。でも本文中に出てきたのが運命的でお気に入りポイントでした。